添い遂げるということ

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    2月。

    一組の寄り添ったお地蔵さんを彫りながら、「添い遂げる」ということについて考えていた。

     

     

    私には縁のなかったことやなぁ。

    だから想像するしかないんやけれど。

     

     

    例えば、コタツに入って一緒にTVを観ながら交わす会話やったり、

    会話もなく過ごす時間やったり。

     

    小さな諍い、

    大きな争い、

    でも乗り越えて共に重ねる日々。

     

    許す気持ち、

    諦める気持ち、

    慈しむ気持ち、

     

    いたわり合って、

    歳を重ねて、

    やがて見送る方と見送られる方に別れ、

    思い出す時間・・

     

     

    もし今誰かに、

    「添い遂げたかった?」と聞かれたら私はどう答えるんやろう?

     

    「いや、別に」

    そう言うかなぁ〜って思ったときに、気がついてしまった。

     

    私が添い遂げる相手は「人」やなかったんやって。

     

     

     

     

    ひとつでも多く、彫れますように。

     

    一人でも多くのひとに、手渡していけますように。

     

     

     

     

     


    一息ついて、書いています

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      今週は久しぶりに欅の仕事。

       

      彫ってても爪がえぐれてこないのが嬉しい。

      白檀の木は堅いから、

      刀を握る指にも強い力がかかって、刃物の当たる指の爪がすり減ってくる。

      仕事量が多いときにはテーピングをして彫るけれど、

      数時間もすればテープがすり減ってしまうほど。

       

      欅も柔らかい木ではないけれど、白檀にくらべたらずいぶんと楽。

      それに、波紋みたいな木目がきれいで、彫っていても楽しい。

       

       

      ふと気がつくと、あんなにひどかった耳鳴りがほとんど治まっている。

       

      やっぱりストレスが大きな原因なんやなぁ。

      一昨日、

      とても嬉しい出来事があった。

       

      気持ち穏やかに今、仕事に向かえている。

       

       

      木を削る刀の音が少し曇ってきた。

      削る感触も重たくなってきたし、そろそろ研ぎ直さないと。

       

      でもその前に、

      晩ご飯にしないとなぁ。

       

      食事が済んだら刃物を研いで、

      今夜ももう少し頑張ろう。

       


      小さな炎を静かに燃やして

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         白生地に包まれた仏さま。縦1寸7分、横1寸3分の香合仏。

         

        仏さまの仕上げのときは、木地を汚さないように白生地に包んで仕上げをする。

        席を離れるときは、こうやってすっぽり包む。

         

        戻って、手にとって、布を開いて。

        父がしていたのと同じように、私も仕事する。

         

         

        小さな香合の蓋を開けると、蓮の上に大日如来さま。

        お気に入りの大日如来さまがおられるので、そのお姿に似せて・・とのご注文。

        久しぶりの香合仏の仕事。

         

         

        私の手元には、20代の頃に彫った大日さんの香合がある。

        若い頃の仕事は、勢いがある。

        でも、歳を重ねて、いろんな経験をしたから彫れるようになったものもある。

        仏さんのお顔は今の方がいい。

        でも、光背の火炎、これだけスカッと彫れるやろうか・・?

        そんなことを取りかかる前に考えていた。

        気持ちで負けていたのかもしれない。

         

        煮詰まって、いろんなことを考えた。

        彫りの仕事で悩んでいてもらったんやない、

        他のことで悩んでいるときにかけてもらった言葉もいろいろ浮かんだ。

         

        いろんなしんどかったことも思い出したし、

        いろんなひとにいっぱい助けてもらったことも思い出した。

         

        頑張ったってかなわへんひともいる。

        けど、

        昔の自分が出来たことが出来ひんのは我慢出来ひん。

        そこに行き着いたら、すっと道が開けた。

        私、負けず嫌いやから(笑)

         

         

        丁寧に鉛筆で下描きをして、

        三角刀で線を入れていく。

        切り出し刀で炎の曲線を彫り出していく。

        ひとつひとつ、丁寧に。

        もう大丈夫。

        動き出した小さな炎たち。

         

        もう大丈夫。

        ひとつひとつ乗り越えて、

        私はこれからも彫っていける。

         

         


        糸をほぐして

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           今年はホトトギスがたくさん咲いて。

           

           

          仕事が煮詰まっている。

          頑張っても頑張っても上手くいかないし、進んでいかない。

           

          こんなときは一旦手を離して、他の仕事を挟んだ方が上手くいく。

          経験上そうわかっていても、今回はそうしている時間がもうない。

          せめて一日・・

          今日は刃物に触らへん!

          仕事場にも座らへん!

          そう心に誓って過ごす。

           

          台所に座って、コーヒー飲みながらいろいろ考える。

           

          イラッとして引っ張って、もつれさせた糸をほどいていかなければならない。

          何をどうしたらいいのか、

          何が1番大切なのか、

          絡まった糸をまずほぐしていく作業。

           

          誰かに助けてもらえることは何もなくて、自分でなんとかしなあかんことばかり。

          諦めて、元気づけて・・心の中で自分と戦う。

           

          「大丈夫、大丈夫。」

           

          自分にそう言い聞かせる。

          少しだけほぐれた糸をもうからませないように、

          落ち着いて、ゆっくりと、でも確実に。

           

           

           


          私の仕事

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            今年の台風にも負けなかったザクロ。綺麗に色付いて。

             

             

            気持良く晴れて、きっと観光地は賑わっていることやろう。

             

            集中して仕事していたら、身体のあちこちが不調を訴え始めた。

            ずっと座りっぱなし。

            休まなあかんとわかっていても、ついつい何時間も同じ姿勢のまま・・

             

            仏さんの仕事は、

            いつも楽しいと苦しいが綱引きしながらになる。

             

            彫り進めるにつれ、思っていることに腕がついてこないもどかしさで泣きそうになる。

             

            「これでいい思ったら、そこから先にはいけへん。一生勉強や」

             

            父の言葉が浮かんでくる。

            研ぎも彫りも、

            もっと上手くなりたいなぁ。

             

             

            どんな仕事も、

            楽しいことばっかりやないやろうし、

            圧倒的に苦しいことが多い仕事もあるやろうと思う。

             

            仕事ってそういうものやろうから、

            私も逃げずに向き合いたい。

             

             

             

            ハナミズキ、もう散ってしまったやろうか。

            少しでも長く彫ってたいけど、今日は少し歩いてこよう。

            元気に長く彫るために。

             

            無理のきかへん年齢になってきたのを自覚しながら、

            いろんな気持ちと葛藤しながら、今日も仕事する。

             

             

             

             

             

             

             


            心静かに

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              慌ただしかった10月と違い、穏やかにスタートした11月。

              今は香合仏を彫っている。

               

              季節が進み、桜の葉っぱも紅葉し出した。

              北向きの仕事部屋は急に寒くなり、母が作ってくれた膝掛けが活躍し始めた。

               

              コタツ布団を出したり、

              ラグを冬用に敷き替えたり、

              仏さんに集中したいけど、日々の暮らしもこなしていかなければいけない。

              洗濯物もたまるし、お腹も減るし。

               

              それでも「今仏さんを彫っているんや」という緊張感は常にあり、

              自分のまわりにピリピリとした空気を感じる。

               

               

              香合仏の仕事は、手を止めている時間が長い。

               

              迷っているのではない。

              見極めているのだ。

               

              掌に収まるほどの香合の中に、大日如来さまが入っておられる。

              細かい仕事やから、削り過ぎたら取り返しがつかない。

              少しずつ少しずつ、削っては目を離して、また削ってを繰り返す。

               

              久しぶりに登場した平刀。昔、父が譲ってくれたもの。

               

              私のさしがねは尺寸表記なのでわかりにくいかもしれないけれど、

              2厘の平なので、ミリ表記だと1ミリ弱。

               

              今、首回りを彫るのに使っている。

               

              こんなに細いと研ぐのも大変。

              指先の感覚を研ぎ澄まして。

               

               

              彫り始める前は、

              老眼鏡の度数を上げようか、それとも話題のハズキルーペを購入しようか・・?なんて考えていた。

               

              でも、仕事を始めると、ちゃんと見える。

              昔のように。

               

              「集中すると大きく見えるんですよ」

              って、以前はよくお客さんに言っていたけど、年齢には勝てへんなぁって思ってた。

              なのにめっちゃ見えてるやん。なんて嬉しいことなんやろう。

               

               

              ただ座って、静かに彫り続ける。

              父の声が聞こえる。

               

              「わしが言ったこと、ちゃんと覚えてるか?」

               

              覚えてるよ、お父ちゃん。大丈夫やで。

              心の中で会話しながら、彫らしてもらえる幸せを噛みしめながら、

              少しずつ、木を削る。

               

               

              この仏さまを心待ちにしてくれてはるひとの笑顔を思い浮かべながら、

              気持ち引き締めて。

               

               


              ちょっと足踏みの今日の仕事

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                昨日今日と、日中も蝉が鳴いている。

                 

                暑すぎると鳴かへんから、少し気温が下がったってこと。

                早朝の大合唱も、少しボリュームが下がってきたように感じる。

                夜には蝉と一緒に秋の虫も鳴き出した。少しずつ、季節は進んでいるんやなぁ。

                 

                それでも日中出かけるのはまだまだ勇気がいる暑さ。

                クーラーのない仕事場は危険やけど、「通勤なくて良かった」と思いながら仕事をしている。

                 

                クールタイプのシャンプーとトリートメント。ボディシャンプーもひんやりする物を購入して。

                 

                いろいろ対策を考えながら、なんとかここまで乗り切ってきた。

                今年は9月に個展があるから、夏バテしている場合やないし。

                 

                 

                今、注文のコーギー犬を彫っていて、

                「後ろから見たらめっちゃコーギーなんやけど前から見たらコーギーやない(泣)」

                というので実物を見に行きたいんやけれど・・

                もう少し夕方になって涼しくなってから!と思いながらブログを書いている。

                 

                画像検索でいっぱい写真は出てくるけれど、

                それではつかみきれへんものがある。

                ちょっと遠いけどペットショップまで行ってみようか、

                川沿いの道でお散歩中のコを探してみようか?

                 

                きちんと納得出来るものに仕上げるために、

                楽しみに待っててくれてはる人に喜んでもらうために。

                 

                出かけた先で、会えますように!!

                 

                 

                 

                 

                 


                彫っている手を見て思うことと、彫っている手を止めて思うこと

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                  彫っている手を止めて、自分の掌を眺めることが時々ある。

                   

                  私の掌は、父の掌と同じ大きさ。

                  自分の掌を見て、父の掌を思い出す。

                  昔、合わせた掌は同じ大きさで、指の太さは父の方が1、5倍ほど太かった。

                  「うわぁ!大きさ一緒やなぁ!」

                  そう言って2人で笑い合ったなぁ。

                  どれくらい近づいているんやろう?比べたくても、もう合わせることは出来ないから。

                   

                  それでもずいぶん肉厚になった掌は、親指の付け根には力こぶも出るようになり、

                  皮が分厚くなった右手の親指と人差し指は、ちょっと切ったくらいでは出血しない。

                   

                  彫っている自分の手元を見ていて、

                  彫っている父の手元を見ていたときのことを思い出すこともある。

                   

                  重なって、つながっている二人の手。

                  右利きの父、左利きの私。木と刀を握る手は逆やけど。

                   

                   

                  最近、また別のことも考えるようになって。

                   

                  削られている木が、この掌の中で、

                  「なんやクッションきいてて気持ち良いなぁ〜」と思ってくれてたらいいのにな、と(笑)

                   

                  前は、彫っている自分が木肌の気持ち良さに癒やされてたけど、

                  今は、木にそう思われたいなぁ、と。

                  「なんやめっちゃ気持ち良い思ってくつろいでる内に、なんやめっちゃ格好良くなってるやん!」

                  なんて思ってくれてたらいいのになぁ〜。

                   

                   

                  「木に慣れるんやなくて、木になってしまえ」

                  父にそんなことも言われたなぁと思い出す。

                  木の気持ちに寄り添って仕事が出来たら、木に喜んでもらえるやろか。

                   

                  そんなことも考えながら、今日も一日木を削っていた。

                   

                  人にも木にも喜んでもらえる、そんな仕事がたくさんしたい。

                   

                   


                  小さいからこそ

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                    「そんなに小さくて、彫るの大変じゃないですか?」

                     

                    ある人に、そう問いかけられた。

                     

                    彫りながら私はなんて答えたやろう?

                    このところ、その場面を思い返しながら、日々木を削っているのだけれど。

                     

                    いつも彫っているお地蔵さん。

                    高さ1寸1分、幅と奥行きは6分に木出しする。

                    蓮台、お地蔵さん、光背合わせての高さやから、

                    お地蔵さんの大きさは7分5厘ほど(2、5センチくらい)

                     

                     

                    「下描きしないんですか?!」とも問いかけられた。

                    四角い木に、台座、首、頭の位置に鉛筆で線を引き、その上に鋸を入れる。

                    あとは手が覚えているから、描かなくても大丈夫。

                     

                    確かに小さいとは思うけど、

                    香合仏やったらもっと小さく細かく彫らなあかんし、

                    もっともっと小さくてすごい仕事してたひとも、知っている。

                     

                     

                    このお地蔵さんを彫るようになったのは、15年ほど前。

                    仕事として彫ることから一旦遠ざかっていた私が「もう1回」と新たに彫り始めて、

                    「やっぱり仏さん彫ろう。・・何の仏さんがいいやろう?」

                    と考えたときに出てきはったのがこのお地蔵さん。

                     

                    掌におさまるサイズのお地蔵さんがいい。

                    そう思って決めたから、「小さくて彫るの大変」とは思わへんかったよなぁ。

                     

                    仏さんに限らず、今作っているもの、ほとんどが掌におさまるサイズ。

                     

                    握りしめたときの木の感触、それを大切に仕事をしている。

                     

                     

                    私は父の仕事を見て育った。

                    原木が四角く木取りされて、だんだん仏さんが出てきはって、

                    仕上げの段階になると、手垢を付けへんように、白生地に包んで持って彫るようになる。

                    その過程を、繰り返し繰り返し見ながら暮らしていた。

                     

                    父が席を外しているときに、

                    「どれくらい仕上がってはるんやろ?」と、そっと布をめくって仏さんを見るのが好きやった。

                     

                    触ったらあかんようになっていかはる木、

                    それとは別に、日常生活の中には父の彫ったものがあふれていた。

                     

                    ハンコや耳かき、母の髪留め。

                    なくなった将棋の駒や折れた編み針は、父が代わりを彫っていた。

                     

                     

                    おもちゃ箱に入っていたうさぎ。

                    他のおもちゃとは明らかに異質なものやったけど、このうさぎと一緒にままごとをしてたし、

                    私だけではなく兄姉もこのうさぎをおもちゃにして育ったという。

                     

                    ずっと手に残っているこの感触、記憶。

                    だから「触れる仏さんが彫りたい」に行き着いた。

                     

                    彫り始めて何年か経ったとき、

                    あるお客さまが

                    「自分が死ぬときに、このお地蔵さまを握りしめて死にたい」と言ってくれはった。

                     

                    ちょっと距離のある、仰ぎ見て拝む仏さまやなくて、

                    もっと身近な、自分だけの仏さまって思ってもらえるものを作りたいと思って彫り続けていたから、

                    とても嬉しかったし、身の引き締まる思いがした。

                     

                    お地蔵さん、お守りで連れて歩いてくれてはる方もおられる。

                    大切なひとの面影を重ねて持ってくれてはる方もたくさんおられる。

                     

                    今もそのひとと一緒にいるように感じてくれてはったら嬉しいし、

                    どこにでも一緒に行ける・・というのは、小さいからこそ出来ることやと思う。

                     

                    他の仏師さんが、私の父みたいにいろんなものを彫ってはるのかどうかはわからへんけど、

                    私が今、小さいもの、いろいろなものを彫るようになったのは、父の影響。

                     

                     

                    小さいからこそ伝えられる木の魅力を、これからも伝えていけたらいいなと思う。

                     

                    誰かが想いを込めはるものを作る・・ということへの責任も忘れることなく、気持ち引き締めて。

                     

                     

                     

                     

                     


                    楽しかった気持ちが今につながっている

                    0

                      作品の仕上げの前には、必ず刃物を研ぐ。

                       

                      研ぎ立てのめちゃめちゃ良く切れる状態で木を削ってやって、きれいに仕上げるために。

                      それと同時に、気持ちも研ぎ澄まして自分に気合いをいれるために。

                       

                       

                       

                      研ぎ上がった道具たちを見て、「きれい」と思うし、気持ちが高ぶる。

                       

                      でも、これを見て「怖い」と感じるひとも・・

                       

                      今まで意識したことがなかったけれど、これは鋭利な刃物で、手元が狂えば大怪我をするわけで。

                      それを一日に8時間も10時間も握りしめて仕事をしているんやから、常に緊張しているわけやんなぁ・・

                      そんな話を娘にしたら、

                      「うん。お母さんの集中力はすごいと思うで」と言われた。

                      そうか、私のしていることはすごいことなんや。だからこんなにヘトヘトになるんや。

                      細かい作品が多いから疲れるんや、そう思ってきたけど危険と隣り合わせの仕事なんやなぁ。

                       

                      無意識で何十年も仕事してきた。

                      彫刻刀を怖いと思ったことなどなかった。

                      なんでやろう?

                      そう考えたら、やっぱり父の存在が。

                       

                      子供の頃、彫っている父の手元を見ているのが好きやった。

                      心地良い音をたてて削られていく木から、いろんなものが姿を現してくる。

                      まるで手品か魔法のように。

                       

                      子供の私は、父が操る彫刻刀を魔法の杖のように感じていたのかもしれない。

                       

                       

                      食事のときに箸を持つように、

                      文字を書くときに鉛筆を持つように、

                      木を削るときに彫刻刀を持つのは、我が家では日常の風景やった。

                      そして私も父と同じように、彫刻刀を持つようになった。

                      最初はもちろん上手く削れなかったけど、

                      今はずいぶん道具とも木とも仲良くなれたと思う。

                       

                      個展のときには、また会場で木を削る。

                      私が幼い頃に感じたあのワクワク感を味わっていただきたくて。

                       

                      今も覚えている。

                      左後ろから覗き込んでた父の手元。白い膝掛けの上に落ちる小さな木くず。

                      テンポ良く削られていく木。

                       

                      今は私の手が、同じように木を削る。

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       



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