今も覚えていること

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    今年は桜の葉っぱがあっという間に紅葉して、あっという間に散っていったように感じます。

     

    秋の観光シーズン、紅葉を見にたくさんの人が京都を訪れてはります。

    人混みが苦手で・・見所満載の京都にいながら、あまり出かけることもなく・・

    この間出かけた知恩院界隈でもう満足してしまっています。

     

     

    昨日買い物に行った先で、年賀状の印刷受付看板を見かけました。

    下の方、喪中ハガキのところに「ペット喪中ハガキ」を見つけびっくり。

     

    でも私も大吉が亡くなった年の暮れ、

    「気持ちは喪中やんなぁ・・でも人間やなくて猫やしなぁ・・」

    と思いながら、年賀状を書いていたのを思い出しました。

     

    同じような思いのひとがたくさんいはって、ついにこんなハガキが出来たんやなぁ・・

     

    ふと気がつくと、人生で大吉と一緒に生きた時間より、一緒やなかった時間の方が長くなってしまってました。

    私が高校生のときに連れて帰ってきて、22年半一緒やった大ちゃん。

    今も側にいてくれたとしたら30歳!立派な化け猫やなぁ(笑)

     

    今もあの毛並みの感触を覚えています。

    そしてそれを思い出しながら、たくさんねこを彫り続けています。

     

     

     

     

     

     

     

     


    小さい猫たち

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       ちびにゃんの木出し。小さい方のサイズなので高さ2センチ。

       

       

       粗彫りの状態。これでもう猫に見えるのは私だけ?

       

       

      猫を彫りながらいつも考える。

      あと何匹猫を彫って送り出したら、

      もう一度あたたかくって柔らかい、生身の猫と一緒に暮らせるんやろう?って。

       

       

      彫りながらいつも思い出している。

      大吉の

      ひんやりした鼻先や、耳の後ろのフカフカの毛の感触を。

      お腹を揺らしながらこっちに歩いてくる姿や、

      かけっこして勝って、ご機嫌さんですり寄ってくるときの顔を。

       

      人の子供は、大きくなって一人前になったら巣立っていくけれど、

      猫の子供は大人になってもずっと側にいてくれる。

      でも、後からきたのに追い越して逝ってしまう。

       

      猫1匹、最初から最後まで養ってやれる自分にまだなれていない・・

       

       

      いつかまた!

      そう思いながら何年も経ってしまった。

      もっともっと頑張らんとあかんなぁ。

       

      もしも出来ることならば、

      生まれ変わった大吉と

      もう一度一緒に暮らしたい。

       

       

       

       

       

       


      母の日にはねこを贈ろう

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        母の日は、もらう側やなくて贈る側の私。

         

        昨日は父の二十三回忌で、実家にみんなが集まった。

        5月13日は、大吉が家にやってきた日でもある。

        そうや、今年はねこをプレゼントしよう。

         

        帰り際、

        「大の(飾ってある)写真の前に、ねこを1匹置いていきます!ご飯をやらなくてもいいねこです」

        「えっ?!どこに?!」と、膝が痛い痛いと言っていたのにすばやく立ち上がって見に行く母。

        「ご飯食べへん、先に死なへんねこか」と、兄が笑っている。

         

        そう。ずっとそばにいてくれる。

        しっぽにゃんを1匹、母の日にプレゼント。

         

        「可愛いなぁ〜!大事にするわ」と、思ってた以上に喜んでくれた母。

         

         

         

        私の家でも、玄関と仕事場に大吉の写真があって、帰ったら「ただいま」って声をかける。

        「大、お母ちゃん喜んでくれてたで」って報告。

        「さっき見てたし知ってるわ」って言うてたかもしれない(笑)

         

         

         

         

         


        11月21日

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          卵焼きを作ったとき、今でも端っこを大吉に供える。

          生クリームたっぷりのケーキや菓子パンも。涙流して喜びながら食べてたなぁ。

           

          魚やちくわ、ウインナーのときは3匹分。「ケンカせんと食べや」って声かけて。

          ・・大が逝ってしまって、8年が経った。

          寒い日やった。

          今年はずいぶん暖かいけど。

           

          お水だけはずっと供え続けている。でも、最近は時々かえるのを忘れて、「ごめんごめん汗」と。

           

          ふと、いつまで続けるんやろう? と思うときもある。

          次のにゃんこに出会うまで?

           

          次来てくれるコは、きっと大吉の生まれ変わりやって、勝手に信じてる私。

          いや、でも、それでもきっと、

          卵焼きをするたびに、端っこをのせた小さな皿を、娘が描いた大の絵の前に“ことり”と置くんやろう。

           

          ウナギも好きやったなぁ〜。

          かば焼き1本買ってきて、身の部分は人が食べて、大は頭の所もらって。

          猫なのに魚の骨が苦手で、いつも母に骨とってもらってほぐしてもらって食べてたけど、

          ウナギの頭だけは美味しそうにかじってたなぁ。

          私はそんなにウナギが好きやなかったけど、大に食べさせてやりたくて、買って持って行ったこともあったっけ。

           

          今はウナギも高くなってるから、次生まれ変わってきてくれても、よぉ食べさせたらんかもしれへんけど。

           

           

           古い一枚の写真。 子猫の大吉と、だっこしてる父の手。 私の、大好きな一枚。

           

           

           

           

           

           


          猫とお経と

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             最近、毎日じゃないけど、般若心経を唱えるようになった。

            きっかけは、道具箱の引き出しから、誰かにお土産でもらった、小さな経本が出てきたから。

            「親が亡くなったら般若心経だけは覚えろ」 と、幼い頃に父に言われて、

            その父が亡くなってから20年もたって、やっとの私
            あの世で呆れて見てるか、「よしよし」と思って見てるかはわからへんけど。

            お参りのたびに何度も唱えてきたお経やから、
            初めて読むわけではないのに何度もつっかえるし、読み間違うし・・
            なかなか頭に入ってきぃひんことに、歳を感じる


            お経といえば、母は、父が亡くなってから毎日唱えている。

            般若心経から始まって、宗派のお経、観音経・・と、お寺さんがお参りに来てくれはるときと同じメニューを、ほぼ毎日唱えている。


            大吉は、よくお参りしている母の横に座っていた。

            かしこまっているわけではなく、くつろいで、お経を聞いている・・そんな感じやった。

            でも、遊びに行かずに一緒にいるってことは、やっぱりお参りしてくれてたのかもしれない。

            大吉はキジトラで腹白のにゃんこやったけど、あんまりきれい好きではなくって、
            白い毛の部分が、薄汚れていることが多かった。

            でも、その大吉が、父が亡くなってからきちんと身づくろいをするようになって。
            白い所はちゃんと白いにゃんこになった。

            私は、父が大吉に言いきかせていってくれたんやと信じている。


            般若心経を唱えるようになったら、たまたま本屋さんで「般ニャ心経」なる本に出会った。

            お経の言葉の解説に、にゃんこの写真が添えられている

            この本書いた人、きっと猫好きやんなぁ〜。


            何度も唱えている内に、きっと覚えられるやろう。

            自分にそう言い聞かせて、ぼちぼち唱えていこうと思う。






            なま節炊いた

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               スーパーで、なま節(なまり節)が安かったので、買って帰ってきた。

              大吉の大好物。
              買い物へ行って、お魚売り場で見かけるたびに、「大ちゃん好きやったなぁ〜」と思っている私。

              私も好きなのだけど、ウチはあまり煮魚をしない。娘は焼き魚かお刺身派。

              でも、なんか久しぶりに食べたくなって、「大に供えてやろう」 って。

              しょうがも入れて、落とし蓋して、ふっくら炊けて、大吉にお供え。

              私ら母娘も、晩ご飯。 二切れ炊いたけど、一切れだけお皿にのせて、娘に、
              「ちょこっと食べてみたら〜?」

              そろっと箸をのばした娘・・おっ!続けて箸がのびる!
              「お母さん・・なま節美味しい!」

              「大ちゃん!やったよ!!なま節好きが増えたよ!」

               絵の中の大吉に向かってガッツポーズをする私。これからときどき炊いてあげるね。







              ねこのお下がり

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                  ふくふくにゃんこの後ろ姿。 何を相談しているんやろ?
                 

                ウチには仏壇はないんやけど、仕事場には父の写真がかざってあって、
                ときどきお花を飾って、
                美味しいお茶を入れたときや、初物を手にいれたときなどにはお供えをしている。

                お下がりをよばれるとき、
                「仏さんのお下がりよばれたら賢くなるんやで」 と、娘に言いきかせてきた。
                多分、自分もそう言われて育ったんやろう、自然と出る言葉。

                大吉が逝ってしまったあと、ねこのお供えコーナーも出来た。

                亡くなってすぐのとき、写真をかざるのは辛すぎたので、娘が描いた大吉の絵をかざった。

                その前に花を置いて、お水、それから好物やったもの。

                もう6年たつけど、その習慣は続いていて、今もお弁当の卵焼きの切れ端なんかを供えている。

                ・・・人間の食べ物は、ほんまは良くないんやけど、
                大吉は卵焼きや、生クリームのケーキとかが大好きで、いつもちょこっとだけもらっていた。
                ケーキのまわりのフィルムについたクリームなんか、涙流して喜んでなめていた。

                自由奔放に、22年半、生きた大ちゃん。

                で、供えたお下がりを食べるとき、

                仏さんのお下がりは賢くなるけど、ねこのお下がりは・・?  と考えて・・・

                足が速くなる!」


                大吉はかけっこが得意やった。

                いつも後ろから追っかけてきて、ぴゃーーっと追いぬいて、
                振り返って得意そうな顔で私を見つめていた。

                お下がりのおかげかどうかはわからないけど、
                娘は高校3年の最後の体育祭まで、リレーの選手に選ばれていた。(陸上部所属は中学までやったのに)


                今も、四足で全速力で 私の横を駆け抜けていく大吉のことを、鮮明に思い出す。
                実家の前は、舗装されていない砂利道で、
                「肉球痛ないん!?」 って、いつも思ってた。


                パソコン画面から顔を上げると、絵のなかの大吉が見下ろしている。


                また、かけっこ出来るといいね。

                でも早くまためぐり会わへんと、私が歳とって走れなくなりそうやな






                今日出会ったネコの数

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                   よっぽど急いでいるとき以外は、ちょっと遠回りしても、ネコに会える道を通る。

                  今日もそう。あたたかくなってきたから、陽だまりのネコ団子に会える確率も上がってきた。
                  残念ながら今日は会えなかったけど

                  ・・もう、ずいぶん長いこと、ネコをだっこしていないなぁ〜・・

                  顔見知りの野良にゃんの何匹かは、さわらせてくれるけど。


                  大吉はだっこが嫌いやった。

                  若いころは、無理やりだっこすると、ぴかぴかの毛並みの、ぷるんぷるんの身体をよじって、
                  “にゅるん”と逃げ出してしまった。


                  その大ちゃんが、歳をとって、痩せて、目も、耳も、鼻も、悪くなって、散歩に行けなくなって。

                  そんな大吉をだっこして、秋の日差しの中、散歩に出ると、おとなしく私の腕に抱かれて、

                  かすかに風やお日様を感じるのか、

                  気持ちよさそうに、鼻をひくひくさせていた。

                  私は、あのだっこ嫌いの大吉がおとなしくだっこされているのがかなしくて、

                  でも、うれしくて、

                  すごく複雑な気持ちだった。


                  大が逝ってしまってしばらくして、哲学の道にあったのび工房さんに、報告に行ったとき・・

                  お店番していたぶうちゃんの頭をなでさせてもらったら、

                  あたりまえなんやけど、あったかくて、そしたら“ぶわぁぁ〜〜っ!!”と泣けてきて。

                  「あかん、無理です〜〜っ」って、号泣してたっけ。

                  それから2年くらい、にゃんこさわることが出来なかった私。


                  5年半が過ぎて、今はもう大丈夫になって、

                  顔見知りの野良にゃんに、名前をつけて呼んでたりもする。


                  そして外に出る日はいつも、

                  「今日はにゃんこに会えるかなぁ〜?」と思いながら、にゃんこ道を行く。

                  電車に乗って出かけた先でも、いつもどこでも探している。

                  私と娘は家に帰って顔を合わすと、

                  「今日にゃんこ見た〜」と、今日出会ったネコの数を報告しあう。


                  ちなみに今日わたしが出会ったコは4匹。奈良の街角で、自転車の陰に、3匹。
                  帰り道で顔見知りのコ、1匹。


                  そして、他のコを見るたび、大吉を思い出す。

                  若かったころのぬくもりも、痩せて骨ばって、でも、安心して私に身体を預けていた感触も。


                  明日は何匹出会えるのかな?


                  そしていつになれば、もう一度大ちゃんに出会えるのかな。

                  次もやっぱり、だっこ嫌いなんやろうか。


                  はよ会えるように、頑張らんとあかんなぁ。












                  今日、買い物先で

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                     買い物に行ったドラッグストアで、シニア用のキャットフードを見かけた。

                    「13歳が近づいたら」って、箱に書いてあって、
                    大が生きてる頃は、シニア用って7歳以上やったのに!・・と驚いてしまった。

                    それだけ、長生きのねこさんが、増えたということやんなぁ。


                    22年半生きた大吉は、20歳くらいまでは毛並みもつやつやで、とてもそんな歳には見えなかった。

                    いつも決まったカリカリしか食べなくて、同じ銘柄のシニア用も嫌がってたっけ。

                    どんなねこも大喜び!みたいな宣伝文句の高級カリカリにも見向きもしなかった。
                    あれはちょっとショックやったなぁ
                    もったいないから、知り合いのところのねこさんに食べてもらったけど。

                    同じキャットフードだと、飽きて食べなくなるコが多いと知ったのは、あとになってから。

                    うちのコたちはそれを思えば手がかからなかったんやなぁ。

                    でもあのコたちは、お母ちゃんにほぼ毎日魚を焼くか煮るかしてもらって、
                    カリカリはおやつがわり。その方が手がかかるか



                    大吉が逝って何年かは、キャットフードのコーナーに近づくことも出来なかった。

                    今はときどき、用もないのに見に行ったりしている。

                    次に生まれ変わってくるときも、同じキャットフードがいいのかな?

                    そんなことを考えながら(笑)


                    すべてのねこさんが、元気で、幸せに、長生きできますように




                    また逢える

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                       にゃんこがいっぱい出てくる夢を見た。

                      娘と、どこからかの帰り道、ねこを見かけて、
                      「こっちの道行ってみよか」と入り込んだ、住宅街の先の原っぱはねこだらけ・・・

                      そんな夢だった。


                      ねこ、長い間さわってないよなぁ〜・・・

                      さわったらさわったで、大吉とくらべてしまうんやけど。


                      大が逝ってしまって、4年半。
                      最近では、出かけるとねこに会えそうな道を選んで歩いている自分がいる


                      大が亡くなるとき、初めて出逢ったときの光景が急に頭に浮かんで・・・

                      私の顔を見てまっすぐ歩いてきた仔猫の大に、運命を感じて連れて帰ったんやけど、

                      「あぁ、初めてやなかったんや」って、

                      きっとどこかで出逢っていて、再会したんやって。

                      私を見つけてくれた大ちゃんが、私に向かって歩いて来てくれたんや、だからきっと、

                      また逢える・・・!!


                      そう思って、腕の中の大を見送った

                      22年半生きたんやから、大往生やったんやけど、なかなか立ち直れなくて、
                      長い間めっちゃへこんでて

                      でも、

                      もう一回大に逢うんや!また一緒にかけっこするんやっ!!だから頑張って働くんやっ!!


                      そう決心したときに、

                      「つなぎ100本ねこ1000匹」そんな数字が頭に浮かんだ。


                      その頃の私は、まだねこはほとんど彫っていなくて、
                      ふくにゃんもちびにゃんも生まれていなかったのだけれど、

                      なぜだか「ねこ1000匹」って思った。


                      ・・・あれから、月日が流れて、つなぎ100本はほぼ達成したと思うけど、

                      ねこ1000匹にはまだまだ遠くて。

                      なんで1000匹やなくて100匹にせぇへんかったんって思うときもあるけど、

                      でも浮かんだ数字は「1000」やったから。そういう直感て、大事にしたいし。


                      きっと、

                      たいせつなひと(ねこ?)には、そう簡単にはめぐりあえないってことなんやね。

                      でも今生でもう一度出逢いたいから、

                      その日を信じて、
                      たくさんたくさん、ねこ彫ります




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