手を見て思う

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    洗濯物を干していたら指先に引っかかる・・

    「なんでやろう?」と見てみたら、人差し指の爪の際がパックリ切れていた。

     

    仕事場で掃除機かけるときに、刃物をたくさん移動させた。そのときに切ったんやろうか。

    切れ味がいいから、ちょっと擦っただけでもスッパリ切れる。

    でも、痛くなかったし、血も出ぇへんかったし、気がつかへんかった。

     

    私の右手親指と人差し指の指先は、皮が分厚くなっていて、ちょっとぐらい切っても出血しない。

    左利きなので、道具は左手で持つ。

    右手には彫っている木、小さいものやと親指と人差し指2本で挟んで持って固定する。

    ぎゅっと力を込める。

    白檀などの堅い木やと、尖った角が食い込んで痛いときもある。

    木が小さすぎてどうしても指先に刃先が当たって、無数に細かい傷がつくときもある。

     

    そんな日々の繰り返しで、お風呂に長時間入っても、ふやけてシワにならへん指先を手に入れた。

     

     

    職種によって、いろんな手があると思う。

    日に焼けてたり、

    いっぱいマメが出来てたり、

    白くてスッと整ってたり・・

    お仕事してる手って、みんなかっこいいと思う。

     

    自分の手を見るとき、

    まったく同じ大きさやった父の手のひらを思い出す。

    大きさは一緒やけど、あの手にはまだまだ遠い。

     

     

     


    木彫の栗

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       何年ぶりかに栗を購入。

       

      教室の帰り、京阪三条の駅で栗を発見。

      駅の構内には野菜の直売所があって、そこに袋に入ったツヤツヤの栗が。

      栗は好きなんやけど、スーパーで売っているのは量が多すぎて、いつも手が出なかった。

      ここで見つけたのは量も値段もお手頃で、久しぶりに栗ご飯作りたいな〜と購入した。

       

      ところで上の写真、ひとつだけ食べられない栗が混じっています(笑)

       

      父が彫った、木で出来た栗。

      色合い、艶、ヘタの感じ、改めて技術の高さを思い知らされる。

      どうやって作ったのかは、「自分で考えてみ」と教えてくれへんかった。

       

      この木彫の栗、私が子供の頃おもちゃ箱のままごと道具に混じっていた。

      母に

      「なんで本物の栗が入ってんの?」と聞いたら

      「それお父ちゃんが彫らはったやつやで」と言われたのを覚えている。

       

      仏さんだけやなく、いろんなものを彫って残していかはった。

       

      彫ることが、ほんまに好きなひとやった。

       

       

       


      8×3で24

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        「一日24時間。8時間寝て、8時間遊んで、8時間仕事する」

        そう言ってわははと笑っていた父。

        めっちゃ長時間仕事をした日に、ふと思い出す。

         

        今思えば、自宅で一人での仕事やったけど、規則正しく働いてはったなぁ。

        朝9時頃から座らはって、お昼ご飯が12時、晩ご飯が18時。晩ご飯のあとも夜なべしてはった。

        小さい頃母に寝かしつけられてるときに、

        奥の暗い仕事部屋から手元を照らすオレンジ色の灯りがもれてきてたのを覚えている。

         

        私が小学校卒業した春、一度三途の川を渡りかけはったんやけど、

        それまでは毎朝のように宇治川に釣りに行ってはった。

        朝の5時くらいに起きて、自転車乗って。

        川も山も大好きやった。

         

        ふるさと蒲郡には海もあった。

        本家の従姉妹が話してた。「毎日海行って魚捕ってくるんよ」

        京都で暮らしても同じように、

        きっと何よりの時間やったんやろう。

         

        あとは盆栽。

        お昼ご飯のあとに枝の剪定したり植え替えしたりしてはったなぁ。

        張りつめた気持ちを草木が緩めてくれる。

        今、私も同じ気持ち。

         

        60歳過ぎた頃からは、木工を始めはった。

        お盆や茶托を彫って、塗って。

        昼休みや夜に、漆研いではった背中を思い出す。

         

        父は、上手に自分の好きなことを散りばめながら、

        仏さんを彫るという仕事をずっと続けた。

         

         

        でも、お父ちゃん。8時間も遊んでなかったよね?

        その半分くらいは、仕事にまわしてたんやなかったかな。

         

        それに、定休日もなかったやんなぁ。

        「丁稚の頃は1日と15日が休みで、その日は一日鍛冶屋さんに入り浸ってた」って言うてたけど、

        私、お父ちゃんが休んでるのって元日くらいしか記憶にないわ。

         

        今、まわりを見てみると、

        8時間以上働いてる人だらけ。

        掛け持ちで朝から晩まで働いてたり、勤務時間がすごく長かったり。

        目標があって好きな仕事でも、いつか身体が悲鳴を上げるよ〜!って思う。

        気持ちで乗り切れても、

        身体はいっぱいいっぱいやったりもする。

         

         

        8×3に上手に割り振れなくても、

        みんな、無理なく楽しく生きていけたらいいのになぁ・・

         

        それってなかなか難しい。

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         


        お盆の思い出

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          お盆休み・・はないけれど、昨日は娘とお墓参りに行って、その後母の所に寄って来ました。

           

          夕方やったけど墓地の水道管は熱々で、いつまで待っても水が冷たくならなくて。

          「お湯やけど勘弁してな〜」と、墓石にかけてきました。

          母と姉家族がお参りしたあとだったので、お花はたくさんあったし、ウチは冷たい缶ビールだけで。

          お線香あげて、「お母ちゃんとこで待ってるしな」って名前をなぞって声かけて、実家に行きました。

           

          お盆のお供えや、お迎えの仕方もその土地土地によっていろいろですね。

          子供の頃、父の田舎(愛知県蒲郡市)では綺麗なお迎え提灯持たしてもらって、夕方お墓へご先祖さまをお迎えに行きました。

           

          実家では、迎え火と送り火に、白檀を焚きます。

          たくさん白檀の仏さまを作った父を、私が今仕事で削って出る木くずで迎えて、送ります。

          夕方、表で火をたいて、おりんを鳴らして、父を迎えます。

          母と、娘と、3人で。

          何年も続けてきたことです。

           

          実家は、くねくね曲がった行き止まりの路地の奥。

          きっと、いつもの仕事着で、ちょっと猫背の父がしっぽをピンと立てた猫3匹従えて、

          こっちに向かって歩いてきてるんやろうなぁ。

           

          いつもそう思って、見つめています。

           

           

           

           

           

           

           


          昔の写真たち

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            13日、法事が済んで、夕方家に帰って、娘と二人晩ご飯を食べた。

            ふと、父の遺影に使った写真の原版を見せてやろうと思って、押し入れの奥からアルバムを引っ張り出す。

             

            私は13日の夕暮れから夜にかけての時間が嫌い。

            家で、

            病院で、

            苦しんではった時間やから。

             

            何年ぶりかに開くアルバム。

            若い頃のお父ちゃんの写真も見せてやりたくなって、子供の頃のアルバムも引っ張り出して開いてみる。

            止まらなくなって、父の本棚の扉も開ける。

            ここにはもっと古い仕事の写真。

            たくさんの仏像の写真。

             

            作らはった仏さんと、

            直さはった仏さん。

            それから、本のページを写した写真。

             

            そして、たくさんの花の写真たち。

             

            今も咲いている花、

            もう枯らしてしまって、なくなってしまった花。

             

            蘭や、山野草たちが、仕事場の風景と一緒に・・

            ほんまに、好きやったんやなぁ。

            大事に育ててはったんやなぁ。

             

            改めてそう思った。

             

            いつの間にか、時計の針は21時をまわって

            あぁ、もういかはったなぁ。と思い出す。

             

            何年経っても、自分が生きている限り、何度も何度も思い出す。

             

             

             


            合わせた手と手

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               あるお寺で出会ったにゃんこ。また会えるかな。

               

               

              薄着の季節になって、

              「去年よりたくましくなってる・・」と、腕周りを見つめて母娘で苦笑い。

              私は日々の仕事で、娘もバイトで。

               

              白い半袖Tシャツに作業着で、あぐらをかいて仕事してると、

              自分を見ているのか父を見ているのかわからなくなる。

              腕の筋肉だけやなくて指先も、年々職人らしくなってきて。

               

              昔合わせた手のひらは、ぴったり同じ大きさやった。

              指の太さは倍ほど違ったけど、あの手にいくらか近づけてるやろうか?

               

              比べたい手は今はもうない。

              あのときの、笑顔と声が懐かしい。

               

               

               

               

               

               


              つながっているもの

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                 塗料のビンに入っていたビー玉。綺麗なので捨てられなくて。

                 

                 

                「ちょっと仕上げするには切れ味が悪いなぁ」

                そう感じるときは、荒砥は使わず上げ砥(仕上げ用)だけで研ぎを済ます。

                刃先が欠けたりしている訳ではないし、荒彫り、中彫りなら十分な切れ味やけど、

                仕上げのときは削った面が濡れたように光らなければいけない。それには足りないとき、上げ砥でもう一度刃を磨き上げる。

                私が刃物を研ぐときに使う研ぎ板(砥石を置く板)は、父から譲り受けたもの。

                何十年使っていたものを私に譲って、自分はまた新しく作っていた父。

                使うときいつも父を思い出す。

                 

                ものごころついた頃から「あとを継ぐんや」と言っていた私。

                「女には無理や」と言い続けた父。

                 

                何年も、何回も繰り返されたその会話。

                最終的に同じ道に進むことを認めてくれた父は、必要なものを一緒に準備してくれた。

                 

                二人で新しく作ったもの。

                父が買ってきてプレゼントしてくれたもの。

                そして自分の使っている中から譲ってくれたもの。

                 

                愛用の品を、どんな気持ちで娘に託したんやろう。

                今も使うたびに考える。

                 

                 

                もし、我が子が同じ道に進みたいと言ったら・・

                娘にその気はなさそうやけど、自分に置き換えて考えてみることがある。

                 

                嬉しい気持ちと、「やめといたらいいのに」という気持ちと、

                きっと半々。

                だって、道のりはとても険しい。

                技術を磨くのは簡単なことではないし、気持ちはいつも張りつめてるし。

                 

                代々続いた職業ではない。

                木や道具を大切にする気持ち、気持ちを研ぎ澄まして作りあげること、

                いつかは誰かに伝えたいけど、それは我が子でなくてもいいと思う。

                 

                それよりも伝えてほしいこと・・

                いつか幸せに結婚して、

                生命をつないで、ずっと先で

                「ウチのご先祖さまで父娘で仏師やった人がいはって、この仏さんその人らが作らはったんやって」

                そんなふうに、つながって、残っていけたらいいのになぁ。

                 

                時折そんなことを考えながら仕事をしている。

                 

                父が譲ってくれた道具も、父が使い続けた道具も、今はどちらも私の手元に。

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 


                ふるさとからみかんが届いて、思い出すこと

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                    ふるさとから2年ぶりにみかんが届いた。

                   

                  父の生まれた場所、愛知県蒲郡市。本家では80歳になるいとこが今も山を守っている。

                  彼女のお父さん、私の父の兄にあたるひとが植えた木を、大切に大切に・・

                   

                  売っているものみたいに見た目はよくないけれど、私にとっては世界一のみかん。

                   

                  子供の頃は果汁を搾って絵を描いて、火鉢の火で「あぶり出し」して遊んだりもした。

                  小さい頃父と帰ったときに山に行って、貯水池のほとりでからっ風が吹いて、飛ばされそうで怖かったことや、

                  伯父さんの犬がみかん畑を走りまわっていたことや、

                  いろんなことを思い出す。

                   

                  父が逝ってしまってからでも

                  「みかん切りに来んかね」と声かけてもらって、娘と二人遊びに行かせてもらった。

                   

                  すぐ海、すぐ山、そんな場所。

                  海岸は埋め立てられて、少し海が遠くなったけど。

                   

                  家は新幹線と東海道線の線路に挟まれていて、どちらの電車に乗っても一瞬見ることが出来る。

                  11月の東京の帰りは、懐かしい場所が見たくて、三人掛けの窓際に席をとった。

                   

                  昔はね、名古屋まで新幹線で、名古屋で東海道線に乗り換えて。

                  快速は停まらへんから、各駅停車で、父と二人、景色を見ながら、

                  「この辺は空襲で焼け野原になったんや」とか、「この川まで朝走って来て、川の水で顔洗ったんや」とか、昔話を聞きながら。

                  三河三谷を過ぎると、山の上に大きな弘法大師が見えてくる。その頃には海も見えてる。

                  ひとつ手前のこの駅で降りて、山を越えて帰ったこともあったっけ。

                  弘法さんを見つめていると、やがてトンネルに入る。短い暗闇。「もうすぐ、もうすぐ」と、身体中の細胞がざわざわする。

                   

                  私は、京都で生まれて育った。でも、父のふるさとがとても好きだ。今も、変わらず。

                  きっと、「帰りたい、帰りたい」と、私の中の父と祖母が言うてるんやろうなぁと思う。

                   

                  やがてトンネルを抜ける。みかん畑と、海が見える。家の横を通り過ぎる。もうすぐ駅だ。

                  線路わきの土手の上を、海を見ながら歩いたあの日。

                  いくつもの思い出が浮かんでくる。

                   

                  届いたみかんは、いつも真っ先に父に供える。

                  「お父ちゃん、送ってきてくれはったよ」って声をかけながら。

                  写真の父が、いつもより微笑んでいる気がする。

                   

                   

                   

                   


                  これからも

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                     今年の紅葉は綺麗でした。 お花みたいな葉っぱたち。

                     

                     

                    早いもので、今年も最後の月がやってきました。

                    先月の今頃は、東京にいました。

                    去年の今頃は、東京での三人展の準備に追われていました。

                     

                    今は、来年はどう動こうか考えながら、仕事をしています。

                     

                    谷中には父の道具も持って行って展示していました。

                    いつも仕事場に飾ってる写真も。

                     

                    私がこの仕事をしているのは、あの父の娘に生まれたからで、

                    だから、東京で初めての個展、「一緒に行こう!」って、連れて行きました。

                     

                    一日が終わると、お友達が作ってくれはった袋に写真をいれて一緒にホテルに帰って、

                    朝になると一緒に出勤して(笑)

                    上野の森や谷中霊園も一緒に歩きました。

                     

                    名の知られていない、でも、とびっきり腕のいい職人でした。

                    東京の方にそれを知っていただきたくて、作っていった説明文を、皆さん丁寧に読んでくださいました。

                    こんな文章です。

                     

                     

                    父 竹内義雲(本名 義一)は、大正15年、愛知県蒲郡市に生まれました。

                     

                    7人兄妹の末っ子で、海も山もすぐそばの自然豊かな町で育ち、旋盤工の職についていましたが、

                    当時を知る本家のいとこが言うには

                    「勝手に辞めてしまったんだよ」

                     

                    後をとっていた長男にも母親にも相談することなく、仕事を辞めてしまったようです。

                    よっぽど彫りの仕事がしたかったのでしょう。

                     

                    23才の時、紹介状を持って京都に出て、仏像を彫る修業を始めました。

                    まだ戦後間もない物のない時代、

                    風習の違う京都で23才からの丁稚奉公。

                    さぞかし苦労したことと思います。

                     

                    それでも一生懸命修業して、腕をみがき、

                    たくさんの仏さまを生み出して、

                    平成7年、69才の生涯を終えました。

                     

                    彫ることが大好きでこの道に入った、そんな父だったので、

                    家の中には父の彫ったものがあふれていました。

                    仏像はもちろん、ハンコや耳かき、おもちゃ箱にはウサギや木魚。

                    仕事部屋からは木を削る音、家の中は、木の香り。

                    木の中から生まれては旅立っていく仏さまたち。

                     

                    私にとっての当たり前がどれほど贅沢なことだったか知ったのは、ずっとずっと後になってからのことです。

                     

                    父と同じ道を進みながら、仏さま以外のものも彫るようになったのは、幼い頃の体験が大きいような気がします。

                     

                    ふと顔を上げれば、仏さまやネコと目があったり、

                    胸元のアクセサリーを指でそっとなぞっていたり。

                    つかず離れずでいつも傍に木がいてくれる、

                    そんな日常を知っていただきたくて。

                     

                    木と人とをつなぐお手伝いが出来れば嬉しく思います。

                     

                     

                    京都に戻って、仕事場のいつもの席、父の写真もいつもの向かい側。

                    なんだか寂しく思ったのは、観音様が旅立たれたから。

                     

                    東京で待っていてくださった方のところへ、無事納まりました。

                    長くかかって作らせていただいた仏さまでした。長く傍にいてくれはったから、

                    いなくならはったことに少し違和感を感じました。

                    でも、これが私の仕事で、

                    自分のためやなくて、誰かのために彫らしていただいてるんやから、

                    ご注文いただいて彫らせていただけたことに感謝して、

                    観音様がその方の人生に寄り添って、見守っていってくれはることを願いながら、今は次に向かっています。

                     

                    これからも、一生懸命彫っていきますので、よろしくお願いいたします。

                     

                     

                     

                     

                     


                    お彼岸に

                    0
                      川沿いの道、立ち止まって川を眺めてる、70代くらいの男性4人組。

                      なんやろう?ヌートリアでも見てはるんかなぁ。
                      横を通り過ぎる私。声が聞こえた。あぁ、鯉を見てはるんや。

                      歩く私の背後から、歩き出さはったひとたちの声が

                      「ほら、見てみ!あそこ、ジャコの群れ!!」
                      「よぉけ(たくさん)おるわ!なんやろ?鮎やろか?」
                      「いや、鮎はおらんやろな」

                      背中で聞きながら、思わず笑ってしまった。
                      4人のうち1人のひとがしゃべってはる。あとの3人は聞き役。
                      あのひと、よっぽど魚が好きなんやろうなぁ(笑)


                      父も、魚釣りが大好きやった。
                      私が子供の頃は、毎朝釣りに行ってはった。
                      川遊びもよく連れてってもらった。

                      愛知県のふるさとは、海も、山も、すぐ近くで、
                      若い頃から魚とりも山菜とりも上手かったという。

                      会いたいなぁ、お父ちゃんに。

                      心の中で、思わずつぶやいた。
                      楽しそうな4人のひとたち。
                      思い出す父の姿。


                      ひとは、身体がなくなってしまっても
                      覚えていて思い出すひとがいる間は、生き続けているんやと思う。

                      秋の日。
                      よく晴れた土手を歩く。

                      大好きなひとは、いつもそばにいる。



                       


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