その先にあったはずのものについて考える

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    今年後半、続けて取材のお話をいただいたことで自分の今までを振り返ることになった。

     

    それから、「あなたの夢は?」とも問いかけられて

    「来年50なんやけど、若者やないんやけど、夢語っていいの?」と思ったりもした。

     

    いろいろあった今までの道のりをもう一度思い出して、整理し直して、

    これからどうしていきたいか改めて考えた。

     

    そんなたくさんの考える時間の中で、ふと思った。

    「お父ちゃんの夢はなんやったんやろう・・?」

     

    私は幼い頃から父の跡を継ぐと言い続けて、最後は認めてもらって、

    「親子やったら甘なるから他所いって修行して来い」と言われて他の仏師さんの所へ修行にいった。

    そして、そこでくたくたになって何もかも嫌になって彫ることをやめてしまった。

    その後、「やっぱり彫りたい」と思ってまた彫り始めたけれど、

    もう一度仕事として頑張るだけの覚悟は持てなかった。

     

    それからずいぶんいろんなことがあって、

    仕事として彫る覚悟を決めて、

    娘と二人三脚、まわりのたくさんのひとに支えられながらここまで歩んできた。

     

    今、いろいろな種類の木で、いろいろな作品をつくっている。

     

     

    仏さまを彫るときは、父が残してくれた木を大切に使う。

    この木の中に、どんな仏さんを見てはったんやろう?

    この木を手に入れはったとき、どんな気持ちでいはったんやろう?

     

    たぶん私が生まれるずっと前のこと。

    きっと胸躍らせて、いろいろ考えてはったやろう。

    手つかずで置いていかはった木で、

    私は私に見える仏さんを彫り出させてもらいながら、見えない答えを探し続ける。

     

    そしてもうひとつ、今頃になって考えるのは、

    私が修行が終わって帰ってきたら・・と、思い描いてはったことがあったんやないやろうか?と。

     

    二人で一緒に彫りたいものがあったんやないやろうか。

    その日を密かに楽しみにしてくれてはったんやないやろうか。

    お父ちゃん自身も自由になって、彫りたいものがきっとたくさんあったはずや。

     

    お父ちゃんの夢、きっとあったはずなのに・・

     

    ちゃんと聞けばよかった。今頃になって、アホやなぁ、私。

     

     

    ・・彫り続けていたら、

    いつか答えが降ってくるやろうか。

    いろんな答えが、

    突然降ってくるのと同じように。

     

    いつかそんなときが来るのを待ちながら、

    すべての木を愛しんで、

    ひとつひとつ丁寧に、仕事をし続けていきたいと思う。

     

     

     

     

     

     


    小菊がきれいに咲いたから

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      たった1輪から、大きく育った小菊たち。

       

       

      小菊がきれいに咲いたから、お墓に持って行ってあげよう。

      そう思って、昨日出かけてきた。

       

       

      仕事場に父の写真があって、

      いつも一緒に仕事しているみたいな気分でいるもんやから、

      お墓参りもあまり行かない。

       

      花がきれいに咲いたのと、仕事がちょっと煮詰まっているから、

      気持ち切り替えたくて出かけたのもあるやろか。

       

      草抜きをしていると年配の男性が一人、ゆっくりと墓地に入って来はる。

      途中で追い越して来たひとや。

      少し離れた所から、お念仏を唱える声が聞こえてくる。

      その後、六地蔵さんの方にお参りしにまわると、自転車を押した男性が一人。

      「こんにちは」と挨拶を交わす。

       

      お墓で出会うお参りのひとは、男性の方が多い。

      私はそんなにしょっちゅう行くわけではないけど、行くたびによく一緒になるひともいはる。

      どなたが眠っておられるのかわからないけど、

      きっとみんな、

      会いたくて、話したいことがあって、ここに来る。

       

      「一生懸命彫るから、見守っててな」

      そう手を合わせて、帰ってきた。

       

      生きてはるときは耳遠かったから、こんな小さい声では聞こえへんかったよなぁ。

       

      ゆっくりと、大きな声で、

      目を見てなるべく笑顔で。

       

      長い会話は要点をかいつまんで通訳してたっけ。

       

      そんなふうに過ごしていた時間をふと思い出した。

       

       

      仕事場の写真の前にも、小菊の花。

       

       


      父の仕事に会いに行く

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        少し前のこと・・

         

        よく晴れた日に、あるお寺に行って来ました。

         

        去年、

        「あったかくなったら行こう」と思っていたら暑くなって、

        「涼しくなったら行こう」と思っていたら寒くなってしまって。

        タイミングを外して行けなかった場所へ、

        個展が終わって一区切りついて、やっと行くことが出来ました。

         

        昔から母に聞かされていた

        「あの辺のお寺の仕事してはるはずなんやけどなぁ」という、とっても大雑把な話。

         

        「いったいどこなんっ!?」とずっと思っていたけれど、

        昨年の正月やったかに父の古い写真の中から見つけた、1枚の仏さんの写真。

        納める前の仁王さんと、裏にはお寺の住所入りのハンコが・・

         

        「これやっ!見つけた!!」

         

        娘にスマホで検索してもらうと、写真と同じ仁王さんが。

        「やっと見つけた!会いに行こう!」

         

        ・・それから1年以上経って、やっと会いに行くことが出来ました。

         

         

         

        新緑に覆われた静かな参道を上がっていくと、立派な門が。

        ドキドキしながらのご対面。

         

        あれ?でも、仁王さんの足元には、ずいぶん古い制作年月日の書かれた札が・・

        新調やなくて修理で来てはったんかなぁ?

        古い写真は白黒で、見たのもずいぶん前のことで、自分の記憶に確信がない。

         

        どちらにせよ、50年かもっと昔の話で、

        関わったひとはたぶん誰もこの世にはいはらへんと思われて・・

         

         

         

        凜々しいお顔を見上げながら思ったことは

        「どっちにせよ、こんな大きい仕事、楽しかったやろうなぁ〜」と。

         

        師匠や、ほかのお弟子さんたちと、長いことかけてしたんやろうなぁ。

        いつもの作業着姿で、削ったり組み立てたりしていたであろう若い父の姿を思い描いた。

         

         

        修理の仕事は、それを作った職人さんの背中が見える気がするもので、

        新しく作るのとはまた違った楽しさがある。

         

        職人の技が積み重ねられて、また次の時代につながっていく。

        関わったひとはいなくなっても、その手がこなした仕事は残っていく。

         

        彩色されたお姿からは、どこをどういうふうに仕事したのかはわからへんけど、

        それでも、訪ねて来れたことが嬉しかった。

         

         

        振り返って見た景色。父もこの場所から同じ景色を見たんやろうか。

         

         

        ・・そんなことを考えながら、ゆっくりと坂道を下って行きました。

         

        たくさん仕事してはるけれど、どこのどの仏さんというのは家族はほとんど知らないのです。

        だから、会えて嬉しかったし、次は娘も一緒に会いに行こうと思います。

         

         

         


        手を見て思う

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          洗濯物を干していたら指先に引っかかる・・

          「なんでやろう?」と見てみたら、人差し指の爪の際がパックリ切れていた。

           

          仕事場で掃除機かけるときに、刃物をたくさん移動させた。そのときに切ったんやろうか。

          切れ味がいいから、ちょっと擦っただけでもスッパリ切れる。

          でも、痛くなかったし、血も出ぇへんかったし、気がつかへんかった。

           

          私の右手親指と人差し指の指先は、皮が分厚くなっていて、ちょっとぐらい切っても出血しない。

          左利きなので、道具は左手で持つ。

          右手には彫っている木、小さいものやと親指と人差し指2本で挟んで持って固定する。

          ぎゅっと力を込める。

          白檀などの堅い木やと、尖った角が食い込んで痛いときもある。

          木が小さすぎてどうしても指先に刃先が当たって、無数に細かい傷がつくときもある。

           

          そんな日々の繰り返しで、お風呂に長時間入っても、ふやけてシワにならへん指先を手に入れた。

           

           

          職種によって、いろんな手があると思う。

          日に焼けてたり、

          いっぱいマメが出来てたり、

          白くてスッと整ってたり・・

          お仕事してる手って、みんなかっこいいと思う。

           

          自分の手を見るとき、

          まったく同じ大きさやった父の手のひらを思い出す。

          大きさは一緒やけど、あの手にはまだまだ遠い。

           

           

           


          木彫の栗

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             何年ぶりかに栗を購入。

             

            教室の帰り、京阪三条の駅で栗を発見。

            駅の構内には野菜の直売所があって、そこに袋に入ったツヤツヤの栗が。

            栗は好きなんやけど、スーパーで売っているのは量が多すぎて、いつも手が出なかった。

            ここで見つけたのは量も値段もお手頃で、久しぶりに栗ご飯作りたいな〜と購入した。

             

            ところで上の写真、ひとつだけ食べられない栗が混じっています(笑)

             

            父が彫った、木で出来た栗。

            色合い、艶、ヘタの感じ、改めて技術の高さを思い知らされる。

            どうやって作ったのかは、「自分で考えてみ」と教えてくれへんかった。

             

            この木彫の栗、私が子供の頃おもちゃ箱のままごと道具に混じっていた。

            母に

            「なんで本物の栗が入ってんの?」と聞いたら

            「それお父ちゃんが彫らはったやつやで」と言われたのを覚えている。

             

            仏さんだけやなく、いろんなものを彫って残していかはった。

             

            彫ることが、ほんまに好きなひとやった。

             

             

             


            8×3で24

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              「一日24時間。8時間寝て、8時間遊んで、8時間仕事する」

              そう言ってわははと笑っていた父。

              めっちゃ長時間仕事をした日に、ふと思い出す。

               

              今思えば、自宅で一人での仕事やったけど、規則正しく働いてはったなぁ。

              朝9時頃から座らはって、お昼ご飯が12時、晩ご飯が18時。晩ご飯のあとも夜なべしてはった。

              小さい頃母に寝かしつけられてるときに、

              奥の暗い仕事部屋から手元を照らすオレンジ色の灯りがもれてきてたのを覚えている。

               

              私が小学校卒業した春、一度三途の川を渡りかけはったんやけど、

              それまでは毎朝のように宇治川に釣りに行ってはった。

              朝の5時くらいに起きて、自転車乗って。

              川も山も大好きやった。

               

              ふるさと蒲郡には海もあった。

              本家の従姉妹が話してた。「毎日海行って魚捕ってくるんよ」

              京都で暮らしても同じように、

              きっと何よりの時間やったんやろう。

               

              あとは盆栽。

              お昼ご飯のあとに枝の剪定したり植え替えしたりしてはったなぁ。

              張りつめた気持ちを草木が緩めてくれる。

              今、私も同じ気持ち。

               

              60歳過ぎた頃からは、木工を始めはった。

              お盆や茶托を彫って、塗って。

              昼休みや夜に、漆研いではった背中を思い出す。

               

              父は、上手に自分の好きなことを散りばめながら、

              仏さんを彫るという仕事をずっと続けた。

               

               

              でも、お父ちゃん。8時間も遊んでなかったよね?

              その半分くらいは、仕事にまわしてたんやなかったかな。

               

              それに、定休日もなかったやんなぁ。

              「丁稚の頃は1日と15日が休みで、その日は一日鍛冶屋さんに入り浸ってた」って言うてたけど、

              私、お父ちゃんが休んでるのって元日くらいしか記憶にないわ。

               

              今、まわりを見てみると、

              8時間以上働いてる人だらけ。

              掛け持ちで朝から晩まで働いてたり、勤務時間がすごく長かったり。

              目標があって好きな仕事でも、いつか身体が悲鳴を上げるよ〜!って思う。

              気持ちで乗り切れても、

              身体はいっぱいいっぱいやったりもする。

               

               

              8×3に上手に割り振れなくても、

              みんな、無理なく楽しく生きていけたらいいのになぁ・・

               

              それってなかなか難しい。

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               


              お盆の思い出

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                お盆休み・・はないけれど、昨日は娘とお墓参りに行って、その後母の所に寄って来ました。

                 

                夕方やったけど墓地の水道管は熱々で、いつまで待っても水が冷たくならなくて。

                「お湯やけど勘弁してな〜」と、墓石にかけてきました。

                母と姉家族がお参りしたあとだったので、お花はたくさんあったし、ウチは冷たい缶ビールだけで。

                お線香あげて、「お母ちゃんとこで待ってるしな」って名前をなぞって声かけて、実家に行きました。

                 

                お盆のお供えや、お迎えの仕方もその土地土地によっていろいろですね。

                子供の頃、父の田舎(愛知県蒲郡市)では綺麗なお迎え提灯持たしてもらって、夕方お墓へご先祖さまをお迎えに行きました。

                 

                実家では、迎え火と送り火に、白檀を焚きます。

                たくさん白檀の仏さまを作った父を、私が今仕事で削って出る木くずで迎えて、送ります。

                夕方、表で火をたいて、おりんを鳴らして、父を迎えます。

                母と、娘と、3人で。

                何年も続けてきたことです。

                 

                実家は、くねくね曲がった行き止まりの路地の奥。

                きっと、いつもの仕事着で、ちょっと猫背の父がしっぽをピンと立てた猫3匹従えて、

                こっちに向かって歩いてきてるんやろうなぁ。

                 

                いつもそう思って、見つめています。

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 


                昔の写真たち

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                  13日、法事が済んで、夕方家に帰って、娘と二人晩ご飯を食べた。

                  ふと、父の遺影に使った写真の原版を見せてやろうと思って、押し入れの奥からアルバムを引っ張り出す。

                   

                  私は13日の夕暮れから夜にかけての時間が嫌い。

                  家で、

                  病院で、

                  苦しんではった時間やから。

                   

                  何年ぶりかに開くアルバム。

                  若い頃のお父ちゃんの写真も見せてやりたくなって、子供の頃のアルバムも引っ張り出して開いてみる。

                  止まらなくなって、父の本棚の扉も開ける。

                  ここにはもっと古い仕事の写真。

                  たくさんの仏像の写真。

                   

                  作らはった仏さんと、

                  直さはった仏さん。

                  それから、本のページを写した写真。

                   

                  そして、たくさんの花の写真たち。

                   

                  今も咲いている花、

                  もう枯らしてしまって、なくなってしまった花。

                   

                  蘭や、山野草たちが、仕事場の風景と一緒に・・

                  ほんまに、好きやったんやなぁ。

                  大事に育ててはったんやなぁ。

                   

                  改めてそう思った。

                   

                  いつの間にか、時計の針は21時をまわって

                  あぁ、もういかはったなぁ。と思い出す。

                   

                  何年経っても、自分が生きている限り、何度も何度も思い出す。

                   

                   

                   


                  合わせた手と手

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                     あるお寺で出会ったにゃんこ。また会えるかな。

                     

                     

                    薄着の季節になって、

                    「去年よりたくましくなってる・・」と、腕周りを見つめて母娘で苦笑い。

                    私は日々の仕事で、娘もバイトで。

                     

                    白い半袖Tシャツに作業着で、あぐらをかいて仕事してると、

                    自分を見ているのか父を見ているのかわからなくなる。

                    腕の筋肉だけやなくて指先も、年々職人らしくなってきて。

                     

                    昔合わせた手のひらは、ぴったり同じ大きさやった。

                    指の太さは倍ほど違ったけど、あの手にいくらか近づけてるやろうか?

                     

                    比べたい手は今はもうない。

                    あのときの、笑顔と声が懐かしい。

                     

                     

                     

                     

                     

                     


                    つながっているもの

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                       塗料のビンに入っていたビー玉。綺麗なので捨てられなくて。

                       

                       

                      「ちょっと仕上げするには切れ味が悪いなぁ」

                      そう感じるときは、荒砥は使わず上げ砥(仕上げ用)だけで研ぎを済ます。

                      刃先が欠けたりしている訳ではないし、荒彫り、中彫りなら十分な切れ味やけど、

                      仕上げのときは削った面が濡れたように光らなければいけない。それには足りないとき、上げ砥でもう一度刃を磨き上げる。

                      私が刃物を研ぐときに使う研ぎ板(砥石を置く板)は、父から譲り受けたもの。

                      何十年使っていたものを私に譲って、自分はまた新しく作っていた父。

                      使うときいつも父を思い出す。

                       

                      ものごころついた頃から「あとを継ぐんや」と言っていた私。

                      「女には無理や」と言い続けた父。

                       

                      何年も、何回も繰り返されたその会話。

                      最終的に同じ道に進むことを認めてくれた父は、必要なものを一緒に準備してくれた。

                       

                      二人で新しく作ったもの。

                      父が買ってきてプレゼントしてくれたもの。

                      そして自分の使っている中から譲ってくれたもの。

                       

                      愛用の品を、どんな気持ちで娘に託したんやろう。

                      今も使うたびに考える。

                       

                       

                      もし、我が子が同じ道に進みたいと言ったら・・

                      娘にその気はなさそうやけど、自分に置き換えて考えてみることがある。

                       

                      嬉しい気持ちと、「やめといたらいいのに」という気持ちと、

                      きっと半々。

                      だって、道のりはとても険しい。

                      技術を磨くのは簡単なことではないし、気持ちはいつも張りつめてるし。

                       

                      代々続いた職業ではない。

                      木や道具を大切にする気持ち、気持ちを研ぎ澄まして作りあげること、

                      いつかは誰かに伝えたいけど、それは我が子でなくてもいいと思う。

                       

                      それよりも伝えてほしいこと・・

                      いつか幸せに結婚して、

                      生命をつないで、ずっと先で

                      「ウチのご先祖さまで父娘で仏師やった人がいはって、この仏さんその人らが作らはったんやって」

                      そんなふうに、つながって、残っていけたらいいのになぁ。

                       

                      時折そんなことを考えながら仕事をしている。

                       

                      父が譲ってくれた道具も、父が使い続けた道具も、今はどちらも私の手元に。

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       



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